千野香織

なぜギリシア・ローマの、なぜルネサンスの、なぜ近代フランスの絵画だけが、特権的に語られてきたのか。これまで「傑作」だと呼ばれてきたものは、誰が、いつ、何のために、「傑作」と決めたのか。また「美」や「質(クオリティ)」と呼ばれるものは「普遍的」な存在などではなく、近代西洋の価値基準に基づいた、時代的にも地域的にも限定されたものにすぎないのに、これまでの美術史は、なぜそれを不問に付してきたのか――。「ニュー・アート・ヒストリーズ」とも呼ばれるこうした新しい美術史からの問いかけは、価値の多様化・文化の複数化の傾向と連動しながら、多くの支持を集めるようになっていた。そしてあらためて気づいてみれば、西欧の白人でも男性でもない東洋の有色人種の女性とは、まさしく私自身、あるいは日本美術の置かれた立場そのものだったのだ。